うーの独り言

Said-A 
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云い方。
ものの云い方というものはいろいろある。

やんわりだったり、とげとげだったり。

明確であったり、オブラートに包んであったり。

遠まわしだったり、ストレートだったり。

一言多かったり。

自分はというと、先読みしすぎて一言足りないタイプなような気がする。

気が利かないわりに変なとこで気を使う。

まったくもって不器用だ。

器用な人間にはなれそうにもない。
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教えてもらった文章。

ぼくは2人の人間を殺した。
AK47と呼ばれる小型武器で。
小型武器とは、
ぼくたち子どもでも扱える小さくて軽い武器のことだ。
でも、この武器は僕らの国では作っていない。
ぼくが使っていた武器は外国から入ってきたものだった。

ぼくらのことを
チャイルドソルジャー(子ども兵)と人は呼ぶ。
小型武器を持って戦う兵士だからだ。

でも、2年前までぼくはふつうの子どもだった。
家族がいて友達がいて幸せに暮らしていた。

ある日、大人の兵士が村にやってきてぼくを連れ去った。
ぼくはその日から兵士になった。
ぼくは人の殺し方を教え込まれ戦場で戦った。

逃げようとした友達は大人の兵士に耳を切り落とされた。
ぼくの目の前で友達が殺されていった。
女の子は大人の兵士に乱暴された。

怖かった。

家に帰りたかった。

お母さんに会いたかった。


運よく、ぼくは大人の兵士がいないときに
軍隊から逃げ出すことができた。

村に帰ってきたが、友達は誰もいなかった。
ぼくはみんなに「 人殺し 」といわれ
学校ではいじめられた。

家族や親戚からも怖がられ
前みたいな幸せは戻ってこなかった。

悲しかった。

寂しかった。

あるのは絶望だけだった・・・。

ぼくは何度も死のうと思った。

そして、何度も何度も自分自身に問いかけてみた。

ぼくは何のために生まれてきたのか?

ぼくはなぜ生きているのか?

ぼくは生きる価値がはあるのか?

ぼくにできることはあるのか?


「もし、ぼくに何かできることがあるなら、
ぼくには生きる意味がある 」

ぼくはそう思った。

ぼくに何ができるか?


「ぼくとおなじ悲しみを、子どもたちに体験させたくない」

ぼくはそう思った。

ぼくには紛争の「悲しみ」を伝えることができる。

ぼくには平和の「喜び」を伝えることができる。

ぼくには、ぼくにしかできないことがある。


今、ぼくは先生になってそのことを伝えていこうと
思っている。

ぼくの夢は学校の先生になること。
むずかしいかもしれないけど

あきらめずに夢を追っていきたい。

   ぼくは13歳 職業、兵士。の本の
    ウガンダの子ども兵からのメッセージより





この文章はあることを検索していて偶然見つけたものです。
絶望の淵にいても希望を見出し夢を追う人。
一方で、不自由ない生活を送りながら、自分の思う通りにならずにそれを
人のせいにして
無差別に人を襲う夢のない心のさみしい人。
夢のあること、衣食住不自由のないこと、どっちがシアワセなんだろう。


自分にできることはあるのか。
自分にできることはなんだ。
自分にできることはなんなんだ。







お見舞い。
毎日毎日暑いですねぇ。皆様いかがお過ごしですか。暑中お見舞い申し上げます。

こちらには避暑地が多いので涼しいと思われがちですが、自分の住んでるとこは避暑地ではないのでめちゃくちゃ暑いです。下手したら東京より気温高いんですよぅー。でもね、東京とは暑さの質がちょっと違うみたい。この前行った時に思ったんだけど、あちらの暑さってなんかこううまく言えないんだけど、ねばっこいというか肌に絡みつくというかそんな感じの粘着質的な暑さに感じたんですよねー。ここにいたら絶対早いうちから夏ばてするわーと思いましたw

前述の通り冷たいものばかり摂っています。実は冷たいものは苦手だし、あんまり好きじゃないんだけどホントにね、毎日暑すぎ。東京に行ってリフレッシュしてきたわけなんだけれども、次のリフレッシュの目標が見えてきたのでそれまでは頑張ろうと思いますー。

皆様におかれましては、水分、塩分、ビタミンBなど適度に摂って体調くずさぬようお過ごしくださいませ。



最近なんだかいつでも眠たい気がするー。なんでだろ、みたいな。
やさしい人。
一昔前のジェットコースタードラマ並みにいろんなことが起きて、自分の人生なんでこうなんだと悲劇の舞台の真ん中に立ってみたりする。でも、人にはそれぞれに抱える悩みがあって、たぶん、そんなの自分だけじゃないんだよなと思う。そんな中でも自分は恵まれているなと思うのは友人たちの存在だ。人と関わるのが苦手な自分としては、心許せる人は少ないし、本当に大事な存在なのだ。なぜか皆こんな自分に優しく接してくれる。自分のことを解ってくれているのだろう。でも、逆に心配になってしまうことも多々ある。優しすぎるのだ。そんなに優しくて大丈夫なの??と。

そんな友人たちが心地よくてネコのようにごろごろと甘えてしまう。
感謝と勘違いを繰り返しながら。
アタシはこの人たちに生かされているなー。生きていけるなーと思うのだ。



食べないで冷たいものを飲んでばかりいる。
梅雨も明けぬうちから夏ばてへまっしぐら。
あー、やばいよねー。まずいよねー的な今日この頃。
オフライン?
と、いうことで東京に遊びに行ってきました。久しぶりに当てもなくふらふらと歩くのを楽しんできました。たーだ、やっぱ東京だけに人が多いw真っ直ぐ歩けないこと、自分のペースで歩けないこと、まさに人ごみでした。その辺はちょっとヤでしたけどね。

ネット上にもお店のあるお店で買物をしたんだけど、PCの画面上の商品と実際の商品では実物見た方がぜんぜんよかったです。ちょうどバーゲンもやっていて良い買物できて満足です。

そして、なんとネットで知りあった方とお会いしたのですw こういうことは初めてだったのでかなり緊張しましたー。血液がたぶん沸騰直前までいったんじゃないですかね。相手の方がアタシの顔を知らないのでこちらから声をかけなければならず、それがまた、拍車をかけたのだと思います。とても優しい方でした。

実はアタシは自分というものに全く自信がないです。だから実際お会いすると引かれるのでは?と思っていたのです。が、今回ネットで知りあった方とお会いしたことでリアルな自分を受け入れてもらえたような気がして、なんだか肩の力が抜けたような気がしました。お話できたのは正味5分たらずという短い時間でしたがお会いできて本当に良かったと思います。

夕方からはライブハウスに行き、生音とライブハウス故のその狭さの臨場感を味わい、新幹線の時間にラストまでいられなかったことに後ろ髪をひかれながら帰途につきましたとさ。  ちゃんちゃん。


追伸:
 楽しかったー。嬉しかったー。また、行こっと♪

RE:ふれっしゅ。
いつの間にか五月・六月病にかかってたみたいです。
なんで気づいたのって?うん。毎年のことだから、なんとなく気づいたんだよ。
あ、そういえばってさ。

凹んでたら梅雨入りして、凹んだところに水が溜まって腐りはじめた。雨は素直な自分の心が見えるような気がするんだけど、いろんなことがフラッシュバックしていろんなことを考えてしまうのです。繰り返されるそれらは、すぐ忘れてしまう人間にはすぐれた機能なのかもしれないけど、自分には副作用が強すぎるみたい。

そんなこんなでリフレッシュしに明日日帰り旅行に行ってきます。日帰りだから体的には逆に疲れるのかもだけど、心的にはかなり元気分けてもらってこれそうな気がします。楽しんできますー。
世界観。
お気に入りのサイトやブログがある。ふらっと寄って気まぐれにコメントしたりなんかする。本当に気まぐれなコメントなのにありがとうなんて言ってもらえて、顔も合わせたわけじゃないのになんだか照れたりする。

人にはそれぞれの世界があるね。

ずっと人は同じ空で繋がってると思ってたんだ。だから、会えなくなってしまったいつかのあの人とも、顔も知らないネット友とも同じ空の下にいるって、同じ空を見上げてるって。いつの間にか空を見るのが癖になって。

でもね、最近はちょっと違うかなーって思ってるんだ。
場所が変われば雲も違う。お天気も違う。同じ空じゃないんだよね。
それがいいのかなー。それでいいのかなーなんて。

それが心地よかったり、嫌悪だったり?

ありがとうなんてもったいないよ。ありがとうって言いたいのはこっちの方なんだからさ。
あなたの世界が心地よくて今日もまたふらふらと遊びにいってしまうのです。



-6月おわったね。6月よ、元気でなーなんて手を振れないから、涙雨で見送るよ-


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